家族
- 野見山父(朋秀:既に30歳)
- 福岡県出身 大学進学までは福岡在住
- 海上保安大学校を卒業し、巡視船の機関士
- いつかは農業の念願かない、北海道で農業開始
- 腰は重いが、動き出したら結構早い。
- 忍耐力なし。知恵絞るのは好き。
- 野見山母(絵美:四捨五入で30歳)
- 産まれ札幌、育ちあちこち、今実家は福岡。
- 海上保安大学校にいたけれど、体を壊して中退
- その後、気合いで保育士と幼稚園教諭の免許取得
- 事務仕事は嫌い。難しいことは嫌い。
- 寝つき良し。寝起き悪し。
- 野見山王様1号(翔太:2歳)
- 4月13日に産まれる(福岡にて)、すぐに北海道三笠市へ移動。
- 車やトラクターに電車好き。ぬいぐるみ嫌い。
- 悪知恵良く働く(親に似た)
- 寝つき悪し。寝起き悪し(親に似た)。
- 某外務省職員に「暴れん坊大将」の称号を授かる。
- 野見山王様2号(悠太:0歳)
- 陣痛が始まり、母が病院に着いた1時間後に生まれる。
- 誰に似たのか、目がでかい。
- 8月24日生まれ、血液型不明
- 生まれて間もないので、性格等不明
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農業をはじめるまで
私達夫婦が結婚したときは、一人は那覇にいる巡視船の機関士、
一人は海上保安大学校を辞め、自宅で療養しているという時期でした。
この時、既に二人の間には「いつかは農業」という話はありました。
私の仕事の面では、巡視船の機関士から、海上保安庁の練習船の教官、
外務省への出向と目まぐるしく環境は変わり、妻はその転勤続きの中でも、
通信制短大の保育科に入り、勉強をしていました。
そのような中でも、農業の世界はどういったものかという探求と、
情報収集は常に欠かさずに続けていました。
転機は突然訪れました。
農家を引退する方からお声がかかり、その後の土地や住宅一式を買わないかという話でした。
それから、農業者となるための研修を経て、ようやく経営がスタートしました。
色々な問題や苦労もありました。
でも、王道のない農業において、生じる問題や苦労はこれからが本番。
輝かしい業績や自慢話もこれからが本番です。
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うちの王様は農業を継ぐか
私たちの転機である、農業研修開始の頃、翔太は産まれました。
考え方の古い農家だと、「後継ぎができた」と無条件に喜び、
当然に私たちがそのように思うはずとのプレッシャーをかけてきます。
農家の息子たちの多くが、なぜ継がずにいなくなるのかを考えもせず。
農家が世襲制である時代は既に終わっていると思います。
やりたければやればいい。でも、10年は関係ない仕事をして、
じっくり世の中を見てくる必要があると思います。それでもやりたいと言うか。否か。
私たちに出来ることは、翔太が「やりたい、継ぎたい」と言いたくなるような
農業をやっていくことしかありません。 |
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